駄目な子からの決別式

今日は、通信制看護学校の入学式である。
昨日は、実家の両親と、弟夫婦から「入学祝い」を頂いた。この年でこのような物を頂くとは思わなかったが、昨日の昼間は実家の母に貸してあったタイツが、デンンセンしたストッキングと間違えて返されたことに腹を立てて、気違いじみて両親に対し、罵倒を浴びさせていた。両親は先日、孫の桃の節句の際に、手でついた餅を携えて御礼に来てくれていたのであるが、入学式の準備に返されたストッキングを見て私の悪魔のスイッチが入ってしまったのだ。
母親は泣いていたが、泣かれるたびに私は惨めになり、母親の涙につき動かされ、実家のためにとがんばってきた自分になることを要求されているようで、「今度は私に何をしろというのっ!私は勉強がしたい!」と怒鳴った。
看護師になるのも反対したのは、母と祖母だった。高校だって出せる経済ではないと、父親に中学の進路で言われ、定時制の職場を一旦は選んだものの、母方の叔母達が必死に訴えてくれて、普通高校に進学させただけで精一杯な両親であり、更に進学などとは、嫁に出す女に勉学は不要という強い祖母の小言に普通高校の進路決定から言われて、母親もノイローゼ気味で、結局はクモ膜下出血で倒れた。
准看学生時代は消毒方法が悪いと婦長から摂子(長いピンセットのようなもの)で、叩かれるのは伝統であった。
また、准看護師であることは、教育の浅さから患者の状態は把握できず、また勉強もどう進めてよいかわからず、随分と悔しい思いをした。恐らく、今日の入学式を共に迎える同期達も似た様な経験はあるのだろう。
今回、レポート課題を終えたが、母子看護学、小児看護学、精神看護学の課題は時分自身の生い立ちに整理がつかない私に突きつけられたようで、逃げたくなる程苦痛だった。
駄目な子・・祖母をはじめ父方の叔母夫婦、父親も母親からも言われた言葉はCDにリピートがかかったように私をいつも呪縛していた。
両親も祖母も同じく駄目人間、駄目な親という言葉を変えて状況は同じであったのだろう。
私は、この駄目な子から今日は決別式として、入学式を迎えて、今度は人に喜ばれる存在に成ろうと考えていたら、3:00から起きては涙を流した。
目が腫れてしまった顔をどうやって化粧の載りを良くしようか?と思うのだ。